世界で2番目に多くコーヒーを生産している国は、どこだと思いますか。答えはベトナムです。インスタントや缶コーヒー、喫茶店のブレンドのなかで、私たちはすでにこの国の豆を口にしています。それなのに、産地としての顔はあまり知られていません。ベトナムの主役はロブスタ種。そして、練乳と金属フィルターが育てた、独特の飲み方の文化です。味の話と文化の話を、行き来しながらたどっていきます。
ベトナムは世界2位のコーヒー生産国
ベトナムは、ブラジルに次ぐ世界2位のコーヒー生産国です。そしてロブスタ種に限れば、世界最大の産地とされています。国際コーヒー機関(ICO)などの統計では、ベトナムの生産の9割前後をロブスタが占めるとされ、世界全体の構図とはほぼ逆転しています。
ロブスタは、苦みとコクが中心の力強い豆です。カフェインはアラビカより多い傾向があり、暑さや病気に強く、低地でもよく育ちます。原種としての性格はコーヒー豆の種類で詳しく書いたので、ここでは「濃さで勝負する豆」とだけ覚えておけば十分です。
栽培の中心は、中部高原と呼ばれる内陸の台地です。なかでもダクラク省のバンメトート周辺は、ベトナムのコーヒーの首都のような場所とされます。高温の低地が広がる国土は、涼しい高地を好むアラビカには厳しく、丈夫なロブスタには向いていました。産地と気候の関係はコーヒーベルトの記事が見取り図になります。
なぜロブスタ大国になったのか
いまの姿は、風土と歴史が重なった結果です。コーヒー自体は19世紀半ば、フランス統治の時代に持ち込まれたとされます。ただ、生産が爆発的に伸びたのは、ずっとあとのことでした。
転機は1986年に始まったドイモイ(刷新)政策です。市場経済への転換のなかで、コーヒーは外貨を稼ぐ輸出作物として奨励されました。中部高原で栽培が一気に広がり、1990年代を通じて生産量は急上昇。2000年前後には、世界2位の座に定着したとされます。
伸びたのは、量をつくれるロブスタでした。インスタントコーヒーや工業用の原料として世界の需要と結びつき、ベトナムは「毎日の一杯を裏側で支える国」になっていきます。派手さはないけれど、世界のコーヒーの値段と供給を左右する存在。それがこの国の立ち位置です。
練乳と出会った一杯、カフェスアダー
ベトナムの定番は、濃いコーヒーに甘い練乳を沈めた一杯です。氷を入れた冷たいものはカフェスアダー、温かいものはカフェスアノンと呼ばれます。グラスの底に白い練乳の層、その上に黒いコーヒー。かき混ぜる前の二層のまま出てくるのが、あの国の日常の風景です。
練乳が選ばれたのには、事情があったとされます。かつてのベトナムでは新鮮な牛乳が手に入りにくく、保存のきく練乳がコーヒーの相棒になりました。フランス由来のカフェ文化と、熱帯の暮らしの知恵が合流した飲み方です。
そして、これがロブスタと見事に釣り合います。ロブスタの強い苦みと厚いコクは、練乳の濃い甘さを受け止めても薄まりません。氷が溶けることまで織り込んで、ぐっと濃く淹れる。苦みの強い豆を欠点と見ずに、甘さとぶつけて長所に変えた組み合わせです。ミルクと苦みの釣り合いという考え方は、カフェラテとカプチーノの違いで書いたことと地続きです。
フィンで淹れる、待つ時間の文化
ベトナムの抽出を象徴する道具が、フィンと呼ばれる金属フィルターです。カップの上に載せた小さな筒に粉と湯を入れ、重力だけで、数分かけてぽたぽたと落とします。ペーパーも機械も使いません。
仕組みは単純です。粗めに挽いた粉を中蓋で軽く押さえ、少量の湯で蒸らしてから、残りの湯を注ぐ。あとは待つだけです。湯が粉のなかにとどまる時間が長いぶん、成分がしっかり出て、少量でも濃くコクのある液になります。金属の穴はペーパーより粗いので、コーヒーの油分も一緒に落ち、口当たりに厚みが出ます。
面白いのは、この遅さが欠点扱いされていないことです。道端の低い椅子に腰かけて、一滴ずつ落ちるのを眺めながら話し込む。フィンは、急がない時間ごと一杯に含まれている道具です。効率で考えれば古い方式でも、だからこそ残ってきた文化なのだと思います。
練乳だけではない、ベトナムの飲み方
ベトナムのメニューは、練乳入りだけではありません。濃いロブスタという土台の上に、その土地で手に入る甘さやコクを重ねる。そんな発想でつくられた飲み方が並んでいます。
| 呼び名 | ベトナム語 | 中身 | 味の印象 |
|---|---|---|---|
| カフェデン | cà phê đen | コーヒーのみ(砂糖を入れることも) | 濃く、力強い苦み |
| カフェスアダー | cà phê sữa đá | コーヒー+練乳+氷 | 冷たく濃い、甘苦の定番 |
| バクシウ | bạc xỉu | ミルク多めに少しのコーヒー | ミルクが主役のやさしさ |
| エッグコーヒー | cà phê trứng | コーヒー+卵黄の甘いクリーム | デザートのような濃厚さ |
| ココナッツコーヒー | cà phê dừa | コーヒー+ココナッツミルク | 南国らしい甘い香り |
エッグコーヒーは、ハノイの名物です。1940年代、ミルクが不足した時代に、卵黄と砂糖を泡立てたクリームで代用したのが始まりとされます。ふわりとした甘い層の下から濃い苦みが顔を出す、飲むお菓子のような一杯です。近年は、中部フエ発とされる塩コーヒーのように、新しい定番も生まれ続けています。
共通しているのは、コーヒーを「素材」として扱う自由さです。豆の個性をそのまま味わう方向とは別の、料理のような楽しみ方。どちらが正しいという話ではなく、コーヒーの椅子の数が多い国なのだと思います。
変わりはじめた産地 — ダラットのアラビカ
「安い豆の国」という見られ方は、いま変わりつつあります。量の産地だったベトナムに、質を追う動きが育ってきました。
鍵になる場所のひとつが、南部高原の街ダラットです。ラムドン省の標高およそ1,500mの高地は、ベトナムでは例外的にアラビカ栽培に向いた気候で、フランス統治期には避暑地だった土地。ここで育つアラビカが、スペシャルティの文脈で名前を見せはじめています。北部のソンラ省など、小規模農家によるアラビカの産地も注目されるようになりました。
| 地域 | 主な栽培 | 特徴 |
|---|---|---|
| 中部高原(ダクラク省など) | ロブスタ | バンメトート周辺が中心地。生産量の柱 |
| ラムドン省(ダラット周辺) | アラビカ | 標高約1,500mの高原。質を追う動きの中心 |
| 北部(ソンラ省など) | アラビカ | 小規模農家が中心の新しい産地 |
ロブスタ自体の見直しも進んでいます。丁寧に収穫・精製したロブスタを「ファインロブスタ」として評価する動きがあり、気候変動で暑さに強い品種への関心が高まるなか、その存在感は増しているとされます。安さの代名詞だった豆が、これからのコーヒーの鍵として語られる。少し痛快な話です。世界の産地のなかでのベトナムの位置は、世界のコーヒー産地図鑑で他の国々と並べて眺められます。
日本でベトナムの味に近づくには
フィンがなくても、方向は再現できます。深煎りの豆をいつもより濃いめに淹れて、練乳を少し沈めてみる。それだけで、あの甘くて濃い世界の入り口には立てます。深煎りが味をどう変えるかは焙煎度の違いで書いたとおりです。
先にお伝えしておくと、mumuはベトナム産の豆を扱っていません。ただ、取り扱っている2種のうちインドネシア マンデリン(深煎り)は、ベトナムの飲み方と方角が通じる豆です。スマトラ式精製による深いコクとほろ苦さ、アーシーな風味は、ミルクを入れる飲み方とも相性がよく、私たちもおすすめしています。練乳を合わせれば、カフェスア風の一杯になります。
もう1種のエチオピア シダモ(浅煎り)は、その反対側に立つ豆です。グレープフルーツやアプリコットを思わせる華やかな酸と優しい甘みは、濃く甘いベトナムの定番とはまるで別の景色。ダラットのアラビカが追いかけている「高地の華やかさ」がどんな方向かを知る、手がかりにもなります。
mumuはベトナム産を扱っていませんが、味の両端を知る2種を販売しています。
濃くて甘い一杯と、華やかで明るい一杯。両端を知ると、自分の好みがどのあたりにあるのか、少しずつ見えてきます。取り扱い豆の一覧には、それぞれの焙煎の狙いも書き添えています。次の休みの日は、氷と練乳を用意して、ゆっくり落ちるコーヒーを待つ時間ごと試してみてください。
よくある質問
ベトナムコーヒーの特徴は? 苦みとコクの強いロブスタ種が生産の中心で、濃く抽出したコーヒーに練乳を合わせる独自の飲み方が根づいています。金属フィルター「フィン」で数分かけて淹れる、ゆっくりしたカフェ文化も特徴です。
カフェスアダーとは何ですか? 濃いコーヒーに練乳と氷を合わせた、ベトナムの定番の冷たい飲み物です。グラスの底の練乳とコーヒーが二層になって出てくることが多く、混ぜてから飲みます。ロブスタの強い苦みと練乳の甘さが釣り合う組み合わせです。
なぜベトナムでは練乳を使うのですか? かつて新鮮な牛乳が手に入りにくく、保存のきく練乳がコーヒーに合わせられるようになったためとされます。フランス由来のカフェ文化と熱帯の暮らしの知恵が合わさった飲み方で、いまも定番として残っています。
ベトナムのコーヒーはなぜ濃いのですか? もともと苦みとコクの強いロブスタ種を使い、フィンで時間をかけて抽出するためです。氷や練乳で薄まることを前提に、濃く淹れる設計になっています。飲み方の側から逆算された濃さといえます。
mumuはベトナムの豆を扱っていますか? 現在は扱っておらず、取り扱いはエチオピア シダモ(浅煎り)とインドネシア マンデリン(深煎り)の2種です。深いコクのマンデリンにミルクや練乳を合わせると、ベトナムの飲み方に近い方向を試せます。



