袋に「ティピカ」「ブルボン」「ゲイシャ」と書かれていても、それが何を指すのかは、なかなか分かりません。産地の名前でも、焙煎の深さでもなく、これはコーヒーの木の「品種」の名前です。同じアラビカ種でも、品種が違えば香りも酸の質も変わります。銘柄名の多くは、この品種と産地の掛け合わせから来ています。少し系統をたどると、いま飲んでいる一杯の輪郭がはっきりしてきます。図鑑のつもりで、ゆっくり見ていきます。

コーヒーの「品種」とは何か

品種とは、アラビカという一つの種のなかで枝分かれした、栽培上のグループのことです。りんごに「ふじ」や「つがる」があるのと同じ関係だと考えると分かりやすいかもしれません。

コーヒーには、大きくアラビカ・カネフォラ(ロブスタ)・リベリカという原種があります。この「種」レベルの違いはコーヒー豆の種類で扱いました。この記事で見ていくのは、その一段下——アラビカ種のなかの「品種(variety)」です。

私たちが銘柄として目にする名前の多くは、原種そのものではなく、この品種にあたります。ティピカ、ブルボン、ゲイシャ。どれもアラビカという一本の幹から分かれた枝です。まずは、その幹の根もとにある二つの系統から始めます。

二つの源流——ティピカとブルボン

現在の栽培品種の多くは、ティピカとブルボンという二つの古い系統にさかのぼれるとされています。この二つが、品種図鑑のいちばん太い枝です。

ティピカは、イエメンからインド、インドネシアを経て世界へ広がった、もっとも古い系統の一つとされます。細長い豆の形で、繊細でクリーンな味わいが持ち味と言われますが、収量が少なく病害に弱いのが弱点です。ブルボンは、ブルボン島(現在のレユニオン島)に渡ったコーヒーから生まれたとされる系統で、ティピカより収量が多く、甘さとバランスのよさで知られます。

アラビカ種 ティピカ系 ブルボン系 エチオピア在来系 マラゴジッペ ムンドノーボ ※ カトゥーラ カトゥアイ ※ パカス SL28・SL34 ゲイシャ(ゲシャ) 原生品種(Heirloom) ※ ムンドノーボ・カトゥアイなどは系統をまたぐ交配種。パカマラ(パカス×マラゴジッペ)も両系統にまたがる。
図:アラビカ種の主な栽培品種の系統(枝分かれは代表例。分類には諸説あります)

この二つの系統から、栽培しやすさや味を求めて、たくさんの品種が生まれてきました。次から、その代表的な枝を見ていきます。

ブルボン系から広がった品種

ブルボンは、突然変異と交配を通じて、いま世界で広く育てられる品種の親になったとされます。中南米の畑で目にする品種の多くは、この系統です。

代表がカトゥーラです。ブルボンから生まれた背の低い(矮性の)突然変異とされ、密植できて収量が高く、ブラジルやコロンビアで広く育てられてきました。そのカトゥーラとムンドノーボを掛け合わせたのがカトゥアイで、風に強く育てやすい品種として知られます。ムンドノーボ自体は、ティピカとブルボンが自然に交わって生まれたとされる系統です。

エルサルバドルで見つかったパカスは、ブルボンの矮性変異とされます。こうして見ると、ブルボン系は「育てやすさ」を求めて枝を伸ばしてきた系統だと分かります。味の華やかさよりも、安定した収量と甘みのバランスで、多くの産地の土台を支えてきました。

品種 系統 特徴(風味・栽培) 代表的な産地
ティピカ ティピカ系 クリーンで繊細とされる。収量少・病害に弱い 中南米・アジア
ブルボン ブルボン系 甘さとバランス。収量はティピカより多め 中南米・ルワンダ等
カトゥーラ ブルボン系 矮性で密植向き。明るい酸とされる ブラジル・コロンビア
カトゥアイ ブルボン系(交配) 風雨に強く育てやすい。穏やかな味とされる ブラジル・中米
ムンドノーボ 両系統の交配 丈夫で多収。ボディがあるとされる ブラジル
パカマラ 両系統にまたがる 大粒。複雑で個性的な味とされる エルサルバドル
ゲイシャ エチオピア在来系 花・柑橘の華やかさで知られる パナマ・中米
SL28/SL34 ブルボン系ほか 黒すぐりのような濃い酸とされる ケニア
原生品種(Heirloom) エチオピア在来系 多様で華やか。分類しきれない エチオピア

数字だけを見ると優劣がありそうですが、実際は育つ土地や目的に合わせた住み分けです。品種は、産地の気候や標高と組み合わさって、はじめて味になります。

交配と突然変異が生んだ個性

品種のなかには、狙って掛け合わせたり、偶然の変異から生まれたりした、特に個性の強いものがあります。パカマラとマラゴジッペは、その代表です。

パカマラは、パカスとマラゴジッペを掛け合わせた品種とされ、エルサルバドルで生まれました。豆が大きく、トロピカルフルーツやハーブを思わせる複雑な味わいで、品評会でも名前を聞くようになりました。マラゴジッペは、ティピカの突然変異とされる大粒の品種で、その大きさから「エレファントビーン」とも呼ばれます。

標準的な豆 マラゴジッペ パカマラ ティピカ・ブルボン等 ティピカの大粒変異 パカス×マラゴジッペ
図:粒の大きさの比較(模式図。実際の大きさは個体やロットで幅があります)

大きい豆が必ずおいしいわけではありません。ただ、粒の大きさは焙煎での火の通り方に影響することがあり、こうした品種は焙煎所にとって少し扱いの変わる相手でもあります。個性が強いぶん、味の輪郭もはっきり出やすい品種です。

ゲイシャとアフリカの品種

ゲイシャは、花のような香りで世界を驚かせた品種として知られています。エチオピア西部のゲシャ地方に由来するとされ、中米、とりわけパナマで高い評価を集めました。

ゲイシャ(ゲシャ)の持ち味は、ジャスミンやベルガモットのような花の香りと、明るく澄んだ酸だと言われます。2000年代にパナマの品評会で注目されて以来、品種名がそのまま高値の代名詞のように扱われてきました。ティピカやブルボンとは源流の異なる、エチオピア在来の系統に近いとされます。

もう一つ、アフリカで生まれた重要な品種がSL28とSL34です。ケニアの研究所(Scott Laboratories)が選抜した品種とされ、黒すぐり(カシス)を思わせる濃く華やかな酸で知られます。ケニアのコーヒーが持つ独特の力強い酸は、この品種と土壌が重なって生まれると考えられています。

品種で変わる味の傾向(相対的な目安) 明るい酸・華やかな香り 甘み・コク・落ち着き ゲイシャ 原生品種 SL28 ティピカ パカマラ ブルボン ムンドノーボ ※ 精製・産地・焙煎で位置は動きます。品種そのものの断定ではなく、語られやすい傾向の目安です。
図:代表品種のフレーバー傾向(一次元の目安。精製や焙煎で大きく変わります)

こうして並べてみると、品種は味の「入口の傾向」を決める手がかりだと分かります。ただし、同じ品種でも精製や焙煎で表情は動きます。品種名は答えではなく、味を推し量るための最初のヒントです。

エチオピアの原生品種(Heirloom)

エチオピアの豆には、品種名の代わりに「原生品種(Heirloom)」と書かれていることがあります。これは特定の一品種ではなく、その土地に根づいた在来種の総称のようなものです。

エチオピアはアラビカ種の原産地とされ、いまも野生に近い品種が数えきれないほど育っています。あまりに多様で、一つひとつを品種として分類しきれない——その豊かさ自体が、この国の個性です。ゲイシャの源流もこの地にあるとされ、エチオピアは品種図鑑の「原点」のような場所でもあります。

だからエチオピアの豆では、品種名よりも産地や精製所(ウォッシングステーション)の名前が、味の手がかりになります。産地ごとの違いはエチオピアコーヒーの特徴でも触れています。品種を細かく特定できないことは弱点ではなく、多様さの証だと考えると、見方が少し変わります。

mumuの豆で見る品種の実例

品種の話は抽象的になりがちなので、mumuが実際に扱っている豆を「品種の実例」として並べてみます。二つの豆は、系統も精製もまったく違います。

エチオピア シダモ(浅煎り) の栽培品種は、先ほどの原生品種(Heirloom)です。シダモ県ベンサの「ボナズリア・ウォッシングステーション」から届く豆を、ウォッシュドで仕上げています。グレープフルーツやアプリコット、グァバ、ベルガモットのような、華やかで少し複雑な香り。品種を一つに特定できないエチオピアらしい、多層的な表情です。

インドネシア マンデリン(深煎り) の栽培品種は、アテンとティムティムです。スマトラのポルン地区で小規模生産者(250 Smallholders)が育てた豆を、スマトラ式で精製しています。ティムティムはティモール由来の系統に連なるとされる品種で、ハーブのような風味と、濡れた森の木や土を思わせる「アーシー」な香りが持ち味です。エチオピアとは対照的な、落ち着いた深い味わいになります。

同じアラビカ種でも、品種と産地、そして精製と焙煎が重なって、これだけ違う一杯になります。品種はその出発点の一つ、というくらいの距離感がちょうどいいのかもしれません。マンデリンの味わいはマンデリンコーヒーの特徴でも詳しく触れています。

品種名を手がかりに選ぶ

品種を覚える必要はありません。ただ、袋に書かれた品種名を「味の予告編」として読めると、次の一杯を選ぶのが少し楽しくなります。

華やかな花の香りに惹かれるならゲイシャやエチオピアの原生品種、濃い果実のような酸ならケニアのSL、落ち着いた甘みならブルボン系。そんなふうに、品種名から味の方向をゆるく想像してみてください。もちろんブレンドでは複数の品種が混ざります。単一品種とブレンドの考え方はシングルオリジンとブレンドの違いにまとめています。

品種は、コーヒーという広い森を歩くための地図の一つです。全部を暗記しなくても、気になった枝から一本ずつたどれば十分です。mumuの取り扱い豆の一覧には、それぞれの品種と産地を書き添えています。今日の一杯の品種を確かめるところから、始めてみてください。品種と対をなすもう一枚の地図——産地のほうは、世界のコーヒー産地図鑑が受け持ちます。

よくある質問

コーヒーの品種と「種」はどう違うのですか? 種はアラビカ・ロブスタ・リベリカといった大きな分類で、品種はそのなかの枝分かれです。ティピカやブルボンは、すべてアラビカ種のなかの品種にあたります。種の違いは別記事で扱っています。

ティピカとブルボンの違いは何ですか? ともに古い二大系統です。ティピカは細長い豆でクリーンな味わいとされ、収量が少なめ。ブルボンはティピカより収量が多く、甘さとバランスで知られます。多くの現代品種は、この二つから枝分かれしたとされます。

ゲイシャ(ゲシャ)はなぜ高いのですか? 花のような香りと澄んだ酸で品評会の評価が高く、収量が少ないことも重なって、希少な品種として扱われてきたためとされます。エチオピア西部の地名に由来し、パナマでの評価をきっかけに広く知られました。

品種名が書かれていない豆はどう選べばいいですか? エチオピアのように、品種を一つに特定せず「原生品種(Heirloom)」と表記される豆もあります。その場合は産地・精製・焙煎度が手がかりになります。品種名がなくても質が劣るわけではありません。

mumuの豆はどんな品種ですか? エチオピア シダモは原生品種(Heirloom)、インドネシア マンデリンはアテン・ティムティムです。系統も精製も異なる二つで、品種による味の幅を感じてもらえます。